台湾サンドイッチの謎を追う!!!!

こんにちは!ここてぃです!
今回は、台湾に来てずーーーーーーっと、疑問に思っていたことがあり、
それについてやっと(少しだけ)納得してきたので
ブログを書いてみようと思います!!!!
なんで?????
寝坊したり、時間ギリギリになってしまってごはん食べる時間ない!!
みたいなとき、私はよく手軽で美味しいサンドイッチを買うのですが、、
台湾にきてもそれは変わらず、いつも通りコンビニでサンドイッチを買い、
食べようとすると、、、、

ん?
この写真の違和感に気づきますか!!


なんで、3種類の具に対してパンが四枚なのでしょう!!
日本のサンドイッチは三種類の具をそれぞれ楽しめるものが多いですが、
台湾のものは三種類の具を一気に食べるタイプのサンドイッチが多いらしいのです。
最初はどこから取っても、どうしても真っ裸の具が出てくるもんで、焦りました。
ちなみに普通の朝ごはんやさんに売ってるサンドイッチも同じくこんな感じ、、、

これを語学学校の先生に聞いてみると、、、
「なんで変なの??一緒に食べたほうが味がいっぱいで美味しいじゃん!!」とのこと。
。。。カルチャーショック
私的に、サンドイッチを全部一気にいただくのは、本来なら何回かに分けて楽しめるはずのものを、一気に終わらせてしまうような、ちょっとした喪失感があり、、、、
なかなか日本のサンドイッチの概念から抜け出せない日々が続きました。
たっきーから、
たっきービックマック分けて食わんやろ
と言われ、うーーむそれは確かにね??と、納得しかけましたが、、
でもやっっぱり納得できないので台湾のサンドイッチがなぜこうなったのか、
サンドイッチの歴史について調べてみることにしました(?)
ネットで調べただけの情報ですが、、
サンドイッチの歴史
まず、台湾のサンドイッチについて調べてみると、よく名前が出てくるのが「洪瑞珍(ホンレイゼン)」。




1947年に台湾中部で創業した老舗で、現在の台湾式サンドイッチを代表する存在です。台湾式サンドイッチは、薄い卵やハム、チーズなどを何層にも重ね、甘めのマヨネーズやバターペーストを合わせるのが特徴。
((台南に実店舗はないですが、ファミマにも売っています!))
では、なぜ台湾のサンドイッチはパン4枚+3層の具材になったのでしょうか?
これについては、ネット上では大きく2つの説があるようです!!!
一つ目は、戦後の食糧事情。
当時の台湾は今ほど食材が豊富ではなく、厚いハムや卵をたっぷり使うことも難しかったそう。そこで、具材を薄くして何層にも重ね、パンを増やすことで、少ない具材でもボリュームを出したのではないかという説です。
二つ目は、アメリカ軍の影響。
戦後、台湾にはアメリカ軍が駐留しており、そこで食べられていたクラブサンドイッチなどの、パンと具材を何層にも重ねるスタイルが台湾に伝わったのではないか、という説です。


どちらか一つが正解というわけではなく、いろいろな文化や時代背景が重なって、今の台湾式サンドイッチになったのかもしれませんね!!
では、日本のサンドイッチはどうだったのでしょう?
日本にサンドイッチが広まったのは明治時代。
外国の外交官や要人をもてなすための迎賓館「鹿鳴館」が開業し、西洋の料理や服装、社交文化を取り入れる文明開化の時代が訪れます。
そしてサンドイッチは、鹿鳴館で開かれた立食パーティーなどで、ドレスを汚さずに片手でつまめる軽食として親しまれていたそうです。


つまり日本では、サンドイッチは最初から「お腹いっぱいにする食べ物」というより、西洋らしい、おしゃれでな軽食として受け入れられていった面があったらしいです。
こうして比べてみると、
日本では「西洋文化を取り入れる」という流れの中でサンドイッチが広まり、
台湾では、戦後の食糧事情やアメリカ文化など、また違った背景の中で独自のサンドイッチ文化が作られていったということになりますね!!
同じサンドイッチでも、たどってきた歴史はけっこう違うんですね!!!
サンドイッチの歴史について調べていたら、はむさんが



三明治は三種類の味が挟まってるからそう言うらしい!!!
台湾人の友達から聞いた!!諸説あり!!
と教えてくれました。
そう聞くと、台湾のサンドイッチって、やっぱりいろんな味を一緒に食べることが前提なのかも……?
最初は「なんでパン4枚?」と思っていた台湾のサンドイッチ。
でも、その背景を知っていくと、、台湾で台湾の食文化として育ってきたサンドイッチを、これはこれで愛せる気がしたここてぃでした!!!
長らくお付き合いいただきありがとうございました!!
それでは皆さん、本日もご安全に~!!!🥪








